備中高梁へ

8月22日 

高梁駅舎


高梁駅舎が新しくなって、図書館が併設されている


図書館は2階から4階にあり、2階に蔦屋書店やスターバックスコーヒー、

1階にはバスステーションがあるので、電車待ち時間にも便利


山田方谷大河ドラマ化に向けてのPR


山田方谷を知らない人が多いと思いますので

 

山田方谷(1805年~1877年)
江戸時代末期から明治時代初期の漢学者、備中松山藩士です。 
山田方谷は藩主板倉勝静のもとで藩政改革を断行し、大きな成功をおさめる。
板倉勝静が幕府の老中となると、その政治顧問として幕政にも関与しました
大河ドラマ化は難しいと思うけど、知って欲しい魅力的な人物です

 

yo3519.hatenablog.com

 

高梁の柚餅子は柔らかく優しい  大好き


        *******おまけ 


   居酒屋にて

俺には一人の爺さんが居た
血はつながっちゃいないのに かわいがってくれた
爺さんに小さな太鼓をたたかせて
三つの俺はひらひら舞った
ほんものの天狗舞いが門々に立つようになると
こぶしの花も咲きだして
ようやく春になるんだったよ

俺には一人のおふくろが居た
八人の子を育て 晩年にゃ五官という五官
すっかり ゆるんではてて
ずいぶんと異な音もきかされたもんだっけが
おかしなおふくろさ
深刻なときも鼻歌うたう癖あってなあ

俺には一人の嬶(かか)が居た
どういうわけだか俺を大いに愛でてくれて
いやほんと
大事大事の物を扱うように
俺を扱ってくれたもんだ

みんな死んでしまいやがったが
俺はもう誰に好かれようとも思わねえ
いまさらおなごにもてようなんざ
これんぽっちも思わねえど
俺には三人の記憶だけで十分だ!
三人の記憶だけで十分だよ!

へべれけの男は源さんと呼ばれていた
だみ声だったが
なかみは雅歌のようにもおもわれる

汽車はもうじき出るだろう
がたぴしの戸をあけて店を出れば
外は
霏霏(ひひ)の雪

いくばくかの無償の愛をしかと受けとめられる人もあり
たくさんの人に愛されながらまだ不満顔のやつもおり
誰からも愛された記憶皆無で尚昂然と生きる者もある

            ―居酒屋にて 茨木のり子


夢の中で渡された京都の地図では私は「六角堂」に出会った


夢の中で渡された「北海道の地図」の場所に私はまだ行っていない

 


多分 私は「源さん」に会いに行かなければいけないのでしょう
もうずいぶん待たせている