歴史を紐解くと、血統や系譜はその時代背景や事件の裏側を理解する鍵となります。
『血系図』からみる歴史事件簿では、日本史の謎や興味深い人物の背景を、
家系図の視点から探っていきます。
第31回目は、「幼帝即位」
皇族の血筋と謎の事件の関係性を、血系図を通じて解き明かします。
「血系図」からみる歴史事件簿 (31)幼帝即位 858年

56代: 清和天皇 (在位858-876)

850年:惟仁親王誕生、一歳にも満たず立太子
母は藤原良房の娘明子
858年:文徳天皇死去
858年:清和天皇即位(幼帝)
858年:藤原良房が摂政に就任(史上初の摂政)
摂政の始まり ─ 藤原良房の台頭
858年、藤原良房は幼い清和天皇の摂政となりました。
臣下の身でありながら天皇に代わって政治を行う、初めての例です。
866年の応天門の変で他氏を退け、養子の基経はのちに関白となって、藤原氏が天皇を後見する摂関政治の基礎が築かれていきます。
摂政という役職の誕生
“幼帝を利用して外戚が政治を完全に掌握するための制度化”
藤原良房が自分の権力を「慣例」ではなく「制度」に変えた
藤原冬嗣は嵯峨天皇の信任が厚く、北家の基盤を作った
藤原良房は幼帝を利用して摂政を制度化し北家の外戚体制を完成した
摂関政治を継いだのは良房の直系ではなく
北家の構造を受け継いだ養子の藤原基経、その後の北家の子孫たち
令外官 ─ 新しい役所のしくみ
律令にはない新しい役職(令外官)が次々と置かれました。
天皇の秘書役である蔵人頭、都の警察・裁判を担う検非違使などです。これらを足がかりに、藤原北家は他の貴族を退けて権力を固めていきます。
詳しい説明が必要でしたら、下記のブログを参考にしてください
「血系図」からみる歴史事件簿(31)幼帝即位 858年 - yo3519’s blog