「血系図」からみる歴史事件簿 皇孫は天智天皇系で続く

「血系図」からみる歴史事件簿 

皇統は天武天皇から8代7人天武系が続いたが、

称徳天皇亡き後天智系に変わった。

天武天皇から8代7人の天皇も実は天智天皇の血筋でした

 


皇孫は天智天皇系で続く

                                       (CLOUD作成)

称徳天皇(孝謙天皇)は生涯独身で子を残しませんでした。
天武天皇の血を引く皇統は、ここで完全に途絶えます。

道鏡事件は有名ですが、血系図で見ると

「天武系の血を持つ最後の天皇が、皇族以外に皇位を渡そうとした」という絶望的な構図が見えてきます。

 


光仁天皇——忘れられた天智の血
称徳天皇崩御後、藤原氏(特に藤原百川)が擁立したのが光仁天皇でした。

天武系の天皇たちは全員、母か祖母に天智の血を持っていました。
称徳天皇の父・聖武天皇の母は元明天皇——天智の娘です。
天武系と呼ばれた時代も、天智の血は一度も途切れていなかった。

壬申の乱は天智系と天武系の戦いでしたが、

皇統は一度も天智天皇の血から離れなかった。

壬申の乱で天智系を倒したはずの天武系皇統は、

最初から天智の娘(持統・元明)によって支えられていた。

 


645年に蘇我氏は「滅ぼされた」とされますが、血系図で見れば蘇我の血は天皇家の中に生き続けていた。

    滅びたのは蘇我氏という「家」であって、「血」ではなかった。