令和2年11月14日
朝早く宇和島城に出掛ける
天守閣に向かうと、ラジオ体操の音楽がかかっている
天守閣の前でラジオ体操をする人々
宇和島城
天守が建造されたのは1601年藤堂高虎が築城。
梯郭式の平山城で、
東側に水堀、西側半分が海に接しているので「海城(水城)」でもある。
城の外郭は上から見ると不等辺5角形をしており、
随所に築城の名手と言われた高虎ならではの工夫が見受けられます。
高虎が今治に転封となってのち、伊達政宗の長子秀宗が1615年に入城。
2代宗利の時、天守以下城郭の大修理を行い、1671年に完成。
天守(重要文化財)と上り立ち門(市指定文化財)、石垣が現存する。
本丸跡
宇和島市内
朝早い宇和島城でした